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大丈夫なの?(2008年4月10日)


なぜ?
なんで?
どうして?
突然、退院することになった。

白血球の数は正常値に戻っていない。
血小板にいたってはさらに下がっている。
なのに、退院。。。

ホントに大丈夫なの?
先生、僕なにか悪いことした?

どうも腑に落ちない。
でも、せっかくなので従わせてもらおう。

ただし、退院といっても基本的に外出禁止。
外に出られるのは外来のみ。
それでも晴れ晴れとした気分だ。

何事もなければ、次の入院までおよそ2週間。
今の自分に出来ることを少しずつ始めていこう。

今度は血小板(2008年4月8日)


白血球の数は
依然正常値に満たないが
最低限の数値をキープ。

しかし、今度は血小板が減少。
要注意ゾーンに突入してしまった。

副作用による吐き気や倦怠感はなくなった。
なので自分の感覚としてはとても元気。
今すぐにでも仕事に復帰したいし、
出来るんじゃねーかとも思う。

でも、体の中で起きていることはよろしくない(らしい)。
自覚症状がないだけに、非常にもどかしい日々。

白血球(2008年4月7日)


本日、血液検査のみ。
白血球の数がわずかに上昇するも
正常範囲には届かず。
でも、下がり続けなかったので良しとしよう。
早く一時退院したい・・・

親子で(2008年4月4日)


午前10時。
抗がん剤投与開始。

今回は副作用が少ない薬。
ということで、
併用する吐き気止めの点滴も少なく
4時間ほどで終了。
気持ち悪さもあまりない。
このまま食欲も上向けばいいのだが…。
気合いで乗り越えろ、俺の体!

ちょうど点滴が終わった頃、
母親が見舞いに来てくれた。
そこで、思わぬ言葉が・・・

「お父さんも入院しちゃったのよ」

え~~!!
なんだって~!!
体の丈夫さだけが自慢の親父が?
まさか親子揃って癌?

で、慌てて詳しい話を聞いたところ、
親父の病気は・・・・・・盲腸。
なんじゃそりゃ。

いや、いや、いや、癌だからって
盲腸を下に見ているわけじゃないよ。

でも、でもだ。
70年近く生きてきて一度たりとも入院したことない男が、
息子が癌になったこのタイミングで盲腸って。
70年の間に、もっと「よきところで」があっただろう!

しかも、手術ではなく、入院してちらすらしい。
人生初入院なのに可哀想感ゼロだ。

とりあえずこのブログは見ていないだろうが、
これまで励ましてくれた親父へ。
お前も頑張れよ!

長い一週間(2008年4月3日)


やはり抗がん剤治療は辛い。
強烈だ。

気が付けば今回も一週間寝たきり状態。
そして、嘔吐に継ぐ嘔吐。
春の訪れとともに一人寂しく吐き乱れる。

さらに、本日の採血の結果、
早くも白血球の数が減少。
風邪をひこうものなら大変だ。

それでも明日は、
また抗がん剤を投与する日。
これだけしんどい思いしてるんだから
効いてくれよ、ホントに!

リスタート(2008年3月27日)


なんとか腹痛もおさまり、
明日から抗がん剤治療が受けられることに。
週明けにならなくてよかった。

腹下し(2008年3月26日)


昨晩から謎の腹痛&腹下し。
元々お腹は弱いのだが、尋常じゃない下し方。

今まで生きてきた中で一番ゆるい。

何が原因かは分からないが、
1時間おきにトイレに駆け込むほど。

で、こんな状態では抗がん剤も打てないので、
治療が明日以降に延期となってしまった。
なんだかなぁ。

抗がん剤投与に向けて(2008年3月25日)


本日は胸部CT、腹部CTなど検査のみ。
結果は知らされていないが、
明日から抗がん剤治療を行うことは決まった。

結局、転移していようがいまいが、
同じ治療をするから関係ないということなのか?

まぁいいや。
余計なことは考えずに頑張るぞ!

再入院(2008年3月24日)


また、あの辛い治療が始まる。
抗がん剤治療を受けるため今日から再び入院。

今回は4人部屋。
先日入院した病棟よりも新しく
4人部屋といっても過ごしやすい。

先日の古い脳外科病棟では、
共同の冷蔵庫にワンカップを隠している爺さんがいた。
朝4時から謎の言葉を叫んでいる爺さんがいた。
それと比べれば今回の病棟は穏やかだ。

入院後。
早速、レントゲン、心電図の検査。
その後、担当医から今回の治療について説明を受ける。

明日、明後日は、新たな転移がないかなど、
全身をくまなくチェック。
問題がなければ、手術前と同じ種類の抗がん剤を
体力の限界まで投与するという。
もちろん、それなりの副作用は必至だ。

また動けなくなるんだろうなぁ。
また吐きまくるんだろうなぁ。
基本的にMだけど、こればかりは嫌・・・。

今後の方針(2008年3月20日)


放射線治療を終え退院してきた。

今回も放射線治療は大掛かり。
リングを固定させるため、頭蓋骨まで針を刺す。
そして、ギシギシと締め付ける。

ギシギシ、ギシギシ。
なんだか前回よりも痛い気が…。

でも、前回とは違い、放射線科のスタッフの対応が抜群。
治療の流れに関する説明、痛みへの対処、ものすごく気遣ってくれた。
なんで以前はこれが出来なかったんだ?
痛みはあったが、気分良く治療が受けられた。感謝。

そして、退院前。
担当医から今後の治療方針について説明が!

まずは手術後に専門機関に提出していた
細かい検査結果を見せられる。
それによると・・・
・僕の癌は大きかったが、リンパ節への転移は限りなくゼロに近い。
・血液中に混ざっている癌細胞の数もレベル1~3で表すとレベル1(もっとも少ないレベル)。
・以前行なっていた抗がん剤治療で癌細胞は1/3まで減っていた。
医師曰く、とても希望の持てる結果とのこと。
良かった~~。

で、「今後の治療」となるわけだが、
数値的には良いといっても
血液中にある癌細胞を放っておくわけにはいかない。
そのままにしておけば、いずれ再発する。

そこで、月曜日に再入院。
また抗がん剤治療を行なうことになった。
前回同様2クール、2ヶ月の闘いだ。

そして、これが上手くいけば、
その後の治療は仕事をしながら受けられるらしい。
よっしゃ、なんとなくゴールが見えてきた。
もうひと踏ん張りだ!

というわけで、とても晴れやかな気分で退院となった。

・・・のだが

自宅に戻ると、
息子がノロウイルスかなんだか分からないが、
ウイルス性の病気で吐きまくっている。
さらに、それが嫁にうつり、ダブルノックダウン!

嫁はトイレで嘔吐。
息子は辺りかまわず嘔吐。
その処理に追われる俺。

今、この家で唯一動けるのは癌患者。
嗚呼、地獄絵図。
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